ギャンブルはパチンコ、主にスロットしかしません。
どのくらい依存症かというと、18の頃から今日に至る53歳まで、時間があれば打ってきました。
暇だった訳ではありません。
サラリーマン時代は管理職で遅くまで仕事をしてきました。
でもギャンブル依存者には関係ありません。
僅かな時間でも体が吸いつけられるようにパチンコ屋に向かっています。
体が疲れていても、打っている間は何もかも忘れ、自分だけの世界です。
いい歳をしてと思うかもしれません。
その通りです。
過去に何度も止めようと思いました。
いま止めなければ!
ここで止めなければ人間ダメになる!
しかし、そんな思いもお金が入ると何の意味もありません。
昨日の反省は消え、いつものパチンコ屋に足を運んでいます。
サラリーマン時代は転勤が多く地方を渡りあるきました。
パチンコ屋は何処に行ってもあります。
東京にいても、大阪にいても、日本全国何処にいてもついて回ります。
転勤は当然「家族同伴」です。
水のように注ぎ込むお金は生活費だったりします。
何とか誤魔化し、女房からパチンコ代をむしり取ります。
結して収入が少なかった訳ではありません。
年収は1.000万ほどあり、普通に暮らしていれば何不自由なく暮らせる額です。
休みは「朝から晩」まで、もはや重度の病気です。
パチンコに使うお金があっても、家族に使うお金がありません。
そうなるとお決まりのコースです。
キャッシングです。
当初は何とかセーブできていたのですが、ある限度を超すと止まりません。
カードも1枚では治まらず2枚、3枚と増え、パンクした時は7枚で、完全な自転車操業でした。
借金の額は1.300万にまで膨れあがっていました。(ギャンブルだけではありません)
家庭は崩壊!!
仕事もうまくいかず自主退社。
総てを失くしました。
そんな何処にでもあるような話しに事足りず、その後も懲りず、未だパチンコ屋に通う毎日です。
ちなみに私の親父はひどいアル中でした。
酒を飲むと人が変り、猫がトラになりました。
そんな親父を憎んでいましたがやはり親子です。
病気は違えど私もまた最低な人間です。
死ななければこのギャンブル病は治りません。
自業自得のデタラメ人生、自ら呼び込む破滅人生、家族への裏切り、もういい加減疲れてしまいました。
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